毎日どこかが揺れる。 今日も一瞬どんと突き上げるような揺れがきて、心臓が止まるかと思った。 地震の影響は現在進行形だし、あまりにも多大な影響があるので、言葉にするのは躊躇してしまう。 ただ、「あのときあなたは何をしていた?」とお互いに話すことがある。 きっと多くの人にとって、天災は大きな転機だ。...
広島は雨の印象が強い。 雨に煙った夜の街。川にかかる橋。 たくさんの青空も知っているはずなのに、なぜか雨のことばかり思い出す。 学校を卒業するとき、何の仕事をしたいのか、すればいいのか悩んだ。 結局、先に広島に引っ越した友人に誘われて広島採用で証券会社に入った。...
強制的に道を閉ざされることもある。 悲しい恋だった。約束しても彼は来ない。(どこぞのJPOPで聞いたような歌詞みたいだけど) その日も結局何らかの都合で彼は約束の場所に来なかった。 待ちくたびれて、落ち込んで、かばんをぶらぶらさせながら、夜の住宅街を歩いていた。 魔が差したというけれど、本当だなと。...
この一本道はどこに続いているのだろうと思うとわくわくする。 こんなふうに桜の花びらが舞い落ちた後の道を歩くときは、かなり胸がときめく。 自分の歩いてきた道も、かなり脇道にそれてしまったようにも思うけど、さにあらず。一本道を歩いてきたなあと感慨深い。...
割と働くことが好きだった。今でも好きだけど、もっと好きだった。 だから、子どもと一緒のゆったりとした(実際にはまったくゆったりしていないけれど)生活は、これまでの自分の生活とは180度違ったものに感じられた。 特に、ようちえんの2年間は格別だった。 シュタイナー教育をベースにしたようちえんは、ファンタジーのかたまりだった。...
もう一つ大きな転機は子どもを産んだこと。 子どもを産むことがいいとか悪いとかではない。ただ、自分にとって出産はさらに大きな人生のポイント切り替えになった。 しかも高齢出産である。...
(※写真は実際に結婚式を挙げたところではありません(笑)) 「道が拓いた」とは、結婚したこともそうだけど、なにより結果的に壊滅的だったわたしの肌が完治した。 単に痒いだけではない。体中から体液が染み出すほど酷かった痕跡はもうない。 2008年の年末に出会った人と、2009年の3月末に結婚を決めた。...
(※写真は首塚とは関係ありません) 2009年1月、師匠と一緒に東京都千代田区にある首塚にお参りに行った。 首塚とは、平安中期の豪族である平将門公が起こした反乱で、討ち取られた将門公の怨念を鎮めるために建てられたと言われる。討ち取られた後、晒し首となった首はまったく腐らず、その後関東に向けて飛んで行ったという。 落ちた場所が「首塚」だ。...
鍼の先生がGOT HANDだと書いたが、ある日先生が言った。 「あなた、念を飛ばされてるよ」 霊感的なものはまったくない。 けれど、ここまで体中が赤黒く変わり、皮膚が切れて血や体液が染み出し、痒みと痛みが同時に襲う毎日を過ごしていると、藁にも縋る思いだった。...
「わもん」でもいい。「コーチング」でも「カウンセリング」でもいい。自分の話をずっと聞いてもらえる時間はとても貴重。 遮られることなく、ときおり感想をもらったり。でも、絶対肯定で聞いてくれる人。そこに対価が介在しようとすまいと、それはとても大事な時間だと思う。...